私は天使なんかじゃない








凱歌






  勝利を喜べ酒を飲め。
  ひと時の平穏を噛みしめるがいい。

  束の間の、平穏。





  偽ワーナー撃破。
  パラダイス・フォールズの奴隷商人、完全撤退。
  タロン社壊滅。
  私たちは戦いに勝った。
  ピットは、勝った。
  治療薬とか奴隷制度とか色々と加味すべき、改善すべきことは多々あるけれども戦いは起こり、終わり、私たちは外敵に勝利した。
  本物のワーナーの生死は不明ではあるものの、ジャンダース・プランケットは「トロッグの腹は覗いたか?」と言った。
  既に死んだんだろう。
  偽物が本物になるには本物を消せばいい、今の今まで名前が利用されても出てこないのだから死んだと見るべきか。
  まあ、生きてても問題ないけど。
  アッシャー政権は完全に盤石となった。
  ジャンダース・ブランケットの死体はダウンタウンに晒してある、私の提案だ。彼が偽ワーナーとしてピットの街をパラダイス・フォールズに売り渡そうとしていたことも既に全ての住人が知っている。
  政権側が自分たちの利益を護る為に返り討ちにした、と言えばそれまでだけど、あのまま奴隷商人たちが勝っていたらどうなっていたか?
  考えるまでもない。
  ダウンタウンはそれを理解し、どういう経過であれアッシャーが自分たちを護ったことを認識している。
  今更本物のワーナーが現れて奴隷解放するぞーっ!と叫んだところで、偽ワーナー事件の時は何してたのあなたは?と返されるだけだ。ダウンタウンの住民も相手にしないだろう。
  とりあえず、今は。
  今後ピットがどうなるかはアッシャー次第だ。
  勝利の余韻はすぐに冷める、ダウンタウンの住人達も次第に現状に不満を抱き、反感を育て、反旗を翻そうとするだろう。
  ワーナーが消息を絶ち、ミディアが死に、それでも誰かがまた引き継ぐ。
  どう取り繕ったって今の状況が最善なわけがない。
  ただ、まあ、大丈夫だと思うけどね。
  今回乗り込んできたパラダイス・フォールズの奴隷商人たちとアッシャーが今後も仲良く取引するとは到底思えない。
  奴隷の供給は絶えた。
  さてさて、アッシャーはどうする?
  彼は馬鹿じゃない。
  賢明だ。
  奴隷という制度もその場しのぎと認識している。
  大丈夫だろ、うん。
  もっとも。
  もっとも、大丈夫じゃないにしても、ここまで関わったんだ、私が最後まで関わるまで。
  彼の方向性を、軌道修正しよう。
  それが望まないにも拘らず結局は関わってしまった、私のケジメだろう。
  さて、それはともかくとして……。



  「かんぱーいっ!」
  何度も目の乾杯だろう。
  もう忘れた。
  ヘブンの、アッシャーの邸宅のホールにて大宴会中。
  何故にホール?
  たぶん一番広いからだろう。
  誰も彼もが床に座って酒を飲み、食べ物を食べ、歌ったり踊ったり喧嘩したり、ともかく楽しんでいる。
  いるのはボスたちだけではない。
  兵士たちもだ。
  当然私のキャピタルの仲間もいれば、シーとスマイリーもいる。
  完全なる無礼講。
  ただ、アッシャーはいない。最初はいたけどすぐに引っ込んだ。タロン社にボコボコにされたし、家族が無事とはいえあんな目にあったんだ、しばらくはサンドラやマリーにべったりだろう。
  それに無礼講とはいえお偉いさんがいない方がやはり盛り上がる。
  遠くでデュークが下っ端にからかわれつつも、怒りもにせず酒を飲んでいた。
  「ねぇねぇ飲んでる?」
  「ミスティ様〜」
  ボスの1人スクイルが私の肩をバシバシ叩き、名の知らない女レイダーがワインをお酌してくれる。
  完全に場は乱れている。
  まあ、いいか。
  ……。
  ……いや、いいのか、これ?
  今この状況でタロン社とか奴隷商人来たら対応できないだろ。
  弾け過ぎな気がする。
  うーん。
  「ほらほら飲んでー」
  「ミスティ様〜」
  「ほほう? モテモテだな、一兵卒」
  視線が怖いから怖いから。
  キャピタルから援軍に来てくれたクリスの視線が怖い今日この頃。彼女が何か呟くと、何かは聞こえなかったけど、カロンとハークネスがスクイルたちを追い払う。
  そしてクリスは私のすぐ隣に、というかしな垂れかかって座る。
  「何よ」
  「察しろ」
  「はあ?」
  何をだ?
  「くっ、ここにきて更に焦らすとは……私の火照って熟しきったこの体が取り返しの付かないことになるんだぞっ!」
  「知らんがな」
  「焦らさないでよ馬鹿っ!」
  「切れられたし」
  久し振りに会ったけど、相変わらずよく分からんテンションの人だ。
  周りの人の好奇な目が痛い今日この頃。
  あれ?
  もしかしてクリスは私の恋人認定されてる?
  嫌だなぁ。
  「一兵卒」
  「ん?」
  ワインをグビリと飲みながら相槌。
  今度は変なこと言いださなきゃいいけど。
  「あれを見ろ」
  「あれ」
  指差す方を見る。
  グリン・フィスとシーだ。

  「イケメン君、どうぞ☆」
  「どうも」

  お酌しているシー。
  満面の笑顔でグリン・フィスにべったりだ。
  ふぅん。
  好みのタイプなのか?
  まあ、別に人の色恋に口は出さないけど。
  グリン・フィスはそれに気付いていないのか、それとも気にしていないのか、はたまた飲みたいだけなのか、シーのお酌でバンバンお酒を飲んでいる。
  なかなか酒豪なんだな、彼。
  「盗られたな、一兵卒」
  「盗られたって」
  ニヤニヤ笑うクリス。
  ここでようやくグリン・フィスと私が恋人だと誤解していることに気付く。
  「別に彼とは何でもないけど」
  「強がるな」
  「強がってはないんだけどな」
  「何だ、そういう関係だとばかり思ってたぞ。違うのか。……よしよし、これで生娘である可能性が濃厚になってきたな。つまりは私のモノだ。……ふへ、ふへへ」
  「……」
  何か危なさに磨きがかかってるな。
  彼女だけここに置いてくか?
  「よお、飲んでるか楽しんでるかぁ?」
  「スマイリー」
  横のクリスが危ない世界に足を踏み込んでいる時、陽気なグールが酒瓶片手に、イグアナの串焼き片手に現れ、私の隣に座った。
  キィン。
  酒瓶は私のグラスワインにぶつける。
  「乾杯だ」
  「乾杯」
  「ははは。今日は酒が美味いぜ。やっぱ大勢で騒ぐと楽しいよな」
  明るい人だ。
  「スマイリーはこれからどうするの? 私らは帰るけど」
  「キャピタルにかい?」
  「そう」
  「そうだなぁ。俺もそろそろ帰ろうかとは思うぜ」
  「アンダーワールドに行ってみればいいんじゃない?」
  「アンダーワールド、いや、しかしスーパーミュータントがいるしな」
  「もういない。少なくともジェネラルは死んだ……いや、何回か殺した、と言った方がいいのかな。いずれにしてもスーパーミュータントは何だかんだで個体数減らしてるからDC残骸から撤退したわ」
  「……ふふふ、はははっ!」
  突然笑いだす。
  あまりにも唐突で、あまりにも大笑いだったので、何人かこちらを見た。すぐに各々の雑談に戻ったけど。
  「どうしたの、スマイリー」
  「そうだよな、あんた赤毛の冒険者様だもんな、それぐらい容易いよな」
  「あれ? 私そんなこと言ったっけ?」
  「ヘリの奴だよ」
  「ああ」
  パラダイス目フォールズのボスがジェットヘリから確かに赤毛の冒険者と言ってたな。
  というか彼はその名を知っているらしい。
  「あんたのことは知ってるよ、まさかスチールヤードで助けたのがこんな大物だとは思わなかったけどな」
  「大物って、ただの女だけど」
  「アンダーワールドも良いが、俺は幸せの国を探しているのさ。自分に相応しい、自分の居場所、それを探してる。アンダーワールドも良いけどさ、色々なところに行って、その上で居場所を作りたい」
  「良いこと言うね」
  「そう言って貰えると嬉しいよ」
  「一緒にキャピタルに戻る?」
  「いや。色々と準備もあるしな、お前さんたちはお前さんたちでタイムスケジュールとかあるんだろ?」
  パパの顔を思い出す。
  そろそろ帰らんと心配しているだろう。
  奴隷市場襲撃して、いきなり失踪したわけだし。
  「シーはどうするんだろ」
  「さあな。あいつも帰りたがってたし、そろそろ帰るだろうな。まあ、あれだ、向こうで会えたらまた仲良くやろうぜ。……と別れるようなこと言ってみたが、今日は徹夜でここで騒ぐんだがよ」
  「あはは。私も」
  握手する。
  出会いは大切だ。
  また会えたらいいな。
  「じゃあな、あっちの奴らと話が弾んでるんで、戻るよ」
  「またね」
  スマイリーは立ち去った。
  幸せの国、か。
  私にとっての幸せの国はどこなんだろう。
  「一兵卒」
  「ん? ああ、正気に戻ったのね」
  「あいつらはどうするんだ?」
  「あいつら」
  すぐに分かった。
  アカハナたちのことだ。
  彼らはアッシャーに断って、キャピタルに同行する算段を既に取り付けた。
  つまり?
  つまり付いてくるというわけです。
  レギュラーキャラ決定っ!
  「クリスは反対なの?」
  「反対だな。見ろ、あのなりを」
  「まあ、そうね」
  レイダーファッションです。
  私の近くに常にいるというのであればメガトンの戦力にしてもらうべくルーカス・シムズと交渉しようとは思うけど、俺ら荒くれなレイダーですっ!と主張している格好はまずいだろ。
  散髪させて服装もまともなのにする必要がある。
  経費は私持ち?
  うー。
  私がボスだもんなぁ、あいつら。
  「分かってないな、一兵卒。例えばだ、廃墟に探索に行くとするだろう?」
  「うん」
  「建物が崩落したりして分断されてしまったりするだろう?」
  「うん」
  「あのレイダーどもとミスティが閉じ込められたりするだろう?」
  「うん」
  「まわされてしまうだろうがっ!」
  「おいちょっと待て色々とNGだぞ今のはっ!」
  もうやだこいつっ!
  ちょっと離れるか、別にクリスから離れるというか、ダウンタウンに行きたいのです。
  だけどその前に聞きたいことがある。
  「クリス」
  「……頭が痛い、気持ち悪い」
  「飲み過ぎなんじゃないの? ツワリ発言したら44マグナムで脳みそを明後日の方向に飛ばすから」
  「ななななななななわけないだろ、ははは」
  分かり易い性格ですね。
  「それで、何だ? 私のスリーサイズか?」
  「いらんわそんなインフォっ!」
  「ちっ」
  何か舌打ちされた。
  「どうしてここが分かったの?」
  「ん? ピットに拉致られたってことか?」
  「そう」
  「観光案内を見たのさ、そしたらここに旅行をしたいと思ってね」
  「観光案内?」
  何だそれ。
  「これは驚いた、ミステイでも知らないものがあるんだな。観光案内とは、まあ、旅行先の紹介をしている雑誌みたいなものだ。色とりどりの写真に、心躍る文面、それを見て旅行先を決める戦前の代物だ」
  「へぇ」
  そんなものがあったのか、昔は。
  勉強になった。
  「観光案内ね、それは魅力的だ。それで、本当のところは?」
  「調べさせた」
  「調べさせた?」
  誰にだ?
  考えてみたら彼女の素性を良く知らないな。
  「ワーナーって奴にメガトンで絡まれていたこと、そいつがピットがどうとか言ってたこと、それらを酒場のバーテンから聞き出した。そして一兵卒がピット送り用の奴隷市場を襲撃することを
  提案したこと、これでワーナーって奴に何か唆されて襲撃に行ったのだと考え、総合してピットに拉致られたと判断した。何か疑問点はあるか?」
  「頭良いのね。助けに来てくれてありがとう」
  「……」
  顔を真っ赤にするクリス。
  「ん? どしたの?」
  「よ、よせ、感謝されるのは慣れてない」
  「あはは」
  可愛いとこあるじゃないの。
  行くところがあるとクリスに言い、私はこの場を後にした。



  ダウンタウン。
  奴隷たちが暮らす街。
  先の蜂起の際にアップタウンまで攻め上ってきたものの返り討ちにあってダウンタウンに逃げ込み、その後私が戒厳令を発したので街は閑散としていた。
  屋内に押し込まれ、現在製鉄所も閉鎖されている。
  「悪いわね、アカハナ」
  「いえ」
  私の副官アカハナ。
  ヘブンを出る際に私を追ってきた。部下たちは気付かずにどんちゃん騒ぎしてるのかな?
  「今後ここってどうなるの?」
  「ダウンタウンですか?」
  「それもあるけどアップタウンも。大分戦力減ってるでしょ? あなたたちも去るわけだし」
  「そろそろルル様が名の部下を引き連れて戻ってくるはずです」
  「ルル?」
  誰だそれ。
  初めて聞く名前だ。
  「何者?」
  「ボスの1人ですよ。戦闘能力高いので今回50名の部下をアッシャー様から与えられて、近くでピットに敵対行動を取っているレイダーの集団を潰しに行っています」
  「へぇ」
  「もしかしたらそこのレイダーどもも傘下にしているかもしれません」
  「ふぅん」
  人手に関しては、少なくとも戦力に関しては足りてるのか。
  偽ワーナーたちって一応考えて行動してたんだな。そのルルって人の不在を狙っての行動だったんだろうし。
  ただ、まあ、私を利用した代償は高くつきましたね。
  殺しておくべきだったんだ。
  私を誘拐した時点で。
  私の役目はおそらくピットを掻き乱す役目だった、なのに掻き乱されたのは奴隷商人たちの陣容でしたってオチ。

  「やあ、ミスティじゃないか」

  「ああ、フェイドラ」
  懐かしい顔に会ったな。
  ……。
  ……懐かしい、か。
  考えてみたらここには一週間ほどしか滞在していない。何かめちゃくちゃ長い期間いた気がする。
  彼女は巡回中なのか、部下を数名連れていた。
  「歩き疲れたよ」
  「あはは。ご苦労様です」
  「製鉄所もアリーナもしばらくは閉鎖って通達だから、巡回だよ。ああ、そんなこと知ってるのか。これってあんたが出した命令だったりする?」
  「かもね」
  「まさかあんたがここまでの奴だとはね。じゃあね、多分もう会うこともないんだろう。帰るんだろ? 元気でやりな」
  「ええ、あなたも」
  出会いもあれば別れもある。
  それが常だ。
  それを繰り返し、人は人生という作品を自分の手で作っていくのだろう。
  「ボス、どちらに?」
  「特に用はないんだ、ただ見て回りたいだけ」
  「見て回る?」
  「私は自分の意思でここに来てないし、あるがままに歩んではいたけど、強制イベントだった。奴隷の希望とか言われたけど実感なかった。だから、見て回りたいのよ」
  「なるほど」
  「私はカイやアダンに何もしてあげれないのかなって考えるとね、少しへこむ。ここには留まらないわけだから、その後の展開はアッシャー次第」
  「そうでしょうか」
  「ん?」
  「少なくとも働きかけは出来るはずです」
  「ふっ」
  思わず笑った。
  発破を掛けろってことですかな、私がアッシャーに。
  有能な男だ。
  「行くわよ、アカハナ」
  「はい」
  「奴隷王を、普通の王様にしなきゃね」